昭和を生きぬいてきたエネルギー。
今、時代が求めているものは、次世代へ伝えるべき<日本人の心>だと思います。
今回は舞踊団・演出部A氏からの投稿です。自分は1959年代が十代、いわゆる<戦中派・焼け跡派>。
読者のみなさまは、その時代感覚でお読みいただきたい。と伝言付き(笑)、演出部氏は、映画監督志向だったと聞きましたが青春時代の夢と消えた~~。
しかし、今も映画をこよなく愛し、新藤兼人監督を尊敬しているそうです。
「裸の島」、「砂の器」「椿三十郎」「シェーン」「カサブランカ」「灰とダイヤモンド」「慕情」など、映画は凄い!!! 私も映画の虜です。
「桜と映画①~遠山の金さんと同期の桜」ご紹介します。
和歌にも沢山詠まれている桜。
「世の中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし」在原業
「吹く風をなこその関と思えども道もせに散る山桜かな」源義家
桜花爛漫、桜前線北上など、一年の内に最も希望あふれる季節。
日本人の心の花とも言われる「桜」と日本映画。
桜の名所は日本中にありますが、日本五大桜は、三春滝桜・山高神代桜・根尾谷薄墨桜・石戸蒲桜・狩り宿の下馬桜。三大桜名所は、吉野山(奈良県)・弘前公園(青森県)・高遠城址公園(長野県)。
<桜守のひとりごと>
「私には、お気に入りの桜とか、これは素晴らしいというようなものはない。桜はみんなそれぞれ違うもので、これが良いとか悪いとか言うのは人間の身勝手だ。桜は人間に喜ばれようとして花を咲かせているわけではない。
愛でるのはかまわないが、花が咲いたときだけ騒ぐのはおかしい。
桜は一年中桜で、花が咲く前には芽が出、膨らみ、ほころび、散り、同時に葉が出て、鮮やかな緑になるじゃないか。季節ごとに変化する、環境に応じて性格がでる。
鳥がくる、虫が寄る。風、雨に打たれる。みんなそのまま見守ってやればいい。
育てよう、守ろう、保護しようなんておこまがしいし、考えちがいだ。」
桜守氏は、現代人の生活や考え方が、効率、便利、享楽を追い「地球を守る」とか「自然にやさしく」というのは傲慢ではないか、桜守氏の、素朴で率直なことばが、胸に刺さりますね~
桜守氏は、さらに言う。
「わしのいう桜は、ソメイヨシノではなく、ヤマザクラやヒガンザクラ系のものです。
ソメイヨシノは“絵”になったものはないんです。
但し、たった一つだけ“絵”になったものがありまうす。
それは、“遠山の金さんの桜吹雪”ですわ。」(十六代佐野藤右衛門)。
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<桜と日本映画>1本目は遠山の金さんシリーズから始めましょう。
第1作の「遠山の金さん・いれずみ判官」
(1950東映・渡辺邦男監督・片岡知恵蔵主演)を皮切りに17本が制作された。
1945(昭和20)年代後半から30年代後半にかけては日本が敗戦の焼け野原から高度成長経済にむかう激動の時代であった。
政治や権力への抵抗と正義への渇望が、庶民感覚で描かれた時代劇への熱狂的な声援となって東映のドル箱シリーズとなった。「はやぶさ奉行」「火の玉奉行」「たつまき奉行」「いれずみ判官」「さいころ奉行」「さくら判官」等。
江戸時代。北町奉行・遠山金四郎(遊び人の金さんに身をやつして悪の巣窟に潜入)が難事件を探索、クライマックスでは奉行所のお白洲で、知らぬ、存じぬとシラを切る悪党共に向かって、片肌を脱いで<桜吹雪>の刺青を見せ、イキな啖呵をきり、キッチリ降参させるという、胸がすく様な名場面が喝采を浴びた。
満開の桜の元でのお白洲、脱いだ片肌から見える<桜吹雪>、そして音楽が盛り上がって、「終り」のタイトル。
観客はおおいなるカタルシスを感じつつ帰路についたのである。
大きなモチーフは、日本の象徴「桜」そのものである。
これが、片肌ぬいで「梅」や「杏」では、なんともしまらない。
そして「桜」は、桜守氏のいう「ソメイヨシノ」なのです。金さんの墓は染井吉野発祥の地、駒込にあります。
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<パターン①>
金さん「その方らの悪事を確かに見ている、遊び人の金さんという者がいるそうだが。」
悪人「金さん?はて、そんな者はしりませんな。」
「金さんが本当にいるのであれば、この場に連れてきていただきましょうか。」
(悪人の手下~そうだそうだ、連れてきてもらおう!と口々に大騒ぎ)。
金さん「じゃかましいやい!!そうかい、そんなに言うなら、拝ませてやるぜ!」(もろ肌脱いで)
「おう!!この見事に咲いた遠山桜、忘れたとは言わせねえぜ!!
背中に咲いた桜吹雪がてめえらの悪事をちゃーんとお見通しなんでえ!!」
<パターン②>
金さん「~~~~遊び人の金さんという者がいるそうだが」
悪人「おお、その金さんとやらが恐らくこの事件の首謀者です。
如何にも怪しげな遊び人でして、派手な桜の刺青をしておりました。
きっとそいつが犯人ですぜ。」
金さん「随分と言ってくれるじゃぁねぇか。
おうおう!!目の玉かっぽじいてようく見やがれ。 おめえが見たっていう桜吹雪は(もろ肌脱いで)これのことかい!!
この背中に咲いた桜吹雪、散らせるもんなら、散らせてみろい!!」
(日曜日のテレビで、良い答えには座布団の人気番場組)
黄色い御着物の方が「おう!」と、意気込むのは、この金さんのモノマネであることは、皆様ごぞんじでしょうか~閑話休題)
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「第二次世界大戦(太平洋戦争)末期の、日本海軍飛行予備学生の手記を原作にして公開された。(東映1967・中島貞夫監督・鶴田浩二 高倉健 松方弘樹主演)
テーマ曲は、西條八十原詞・大村能章作曲の軍歌である。
「貴様と俺とは同期の桜 同じ兵学校の庭に咲く咲いた花なら散るのは覚悟 みごと散りましょ国のため」(歌詞一番)戦時中に生を受け宿命に殉じた若者たちが、大義名分を心の支えに、自分の意志で選べない人生を苦悩しつつ、故郷や父母・兄弟・恋人への切ない想いを綴った青春の手記。その華々しく散る姿を、桜花に喩えた歌である。
江田島の旧海軍兵学校の通称「赤レンガ」の中庭には、「同期の桜」と呼ばれる1本のソメイヨシの桜がある。
青春のすべてを捧げた若人が万感の想いで見つめた桜は、今年も爛漫と咲き薫る。「散る桜 残る桜も 散る桜」の名句が実感として迫る。
撮影終了後、反戦すぎるとの理由で上映中止の意見があるなかで、中島監督は編集については妥協するが、ラストシーンだけは残したい!! と、押切った。そのラストシーン、当時の実写フィルムを使用してリアル感を出し、最後に真っ黒な画面~そこに「その瞬間、彼等はまだ生きていた」とのテロップを流した。
観客にとっては、衝撃的な映像であった。
映画は大ヒットした。「同期の桜」を始めとして、太平洋戦争を主題にした数々の映画には、常に「桜」が“心の花”として描かれている。桜花のように散っていった若人たちの想いを込めた「同期の桜」。
平成時代を終わる今日、若い人々に、昭和という時代の変遷を、祖父母や父母が生きた時代を描いたこの映画。是非、鑑賞し平和とはなにかを考えていただきたいと願う1本である。
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映像の力は想像以上ですね。
様々な苦難を克服し映画を創ってきた監督に心から敬意を表したいと思います。
戦争に苦しむのも人間なら、戦争を起こすのも人間~~
庶民の平和を願う心は世界中同じです。世界には弾丸の跡など、戦争の爪痕を後世の教訓として残しているところが沢山あります。時間を見つけて、歴史を刻んだ街を歩き、自分は何を目指して生きているのか?
そんなことを考えてみる貴重な時間をもちたいと思いました。
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