• 布施谷貞雄の演出事務所です。世界30数ケ国の文化交流公演で世界のArtestと出会い、現地に降り立ち共感してきた経験を活かし、~誰一人置き去りしない~SDGSを支援。文化の力でSDGSの木を育てたいと願い、SDGSの普及啓蒙を目的とした芸術鑑賞会、イベント、コンサート、講演会等を開催しております。

風流踊~日本の三大盆おどり

日本三大盆おどり「西馬音内盆踊り」「阿波踊り」「郡上踊り」を紹介します。
盆踊りは風流踊りの一つですが「幻の民俗芸能」といわれる程その数や種類が解明出来ない程、日本中にあり笛と太鼓の音を聞くと誰もが踊ってみたくなる不思議な芸能です。今では、海外でも盆踊りが盛んです。
何れも踊ることで災厄を祓い安寧な暮らしを願う共通の特徴があり、起源は中世とされ時代と共に変化しながら伝統を背景に今日まで伝承されてきました。特に災害の多い日本では、被災地域復興の精神的な基盤となり「風流踊」は、文化的価値だけでなく、社会的な機能を有しています。
日本を代表する「風流踊」の中から日本三大盆踊りをご紹介します。

①秋田県羽後町の西馬音内盆踊り*ユネスコ無形文化遺産に登録申請されました。

   

②岐阜県郡上市郡上踊り

③徳島県阿波踊り

西馬音内盆踊りの由来

およそ七百年前に始まったとされる西馬音内盆踊り。
1935/S10年、始めての東京公演を機に形式が整えられ、1956/S31年、高い芸術性を有する民俗芸能として国の重要無形民俗文化財に指定。毎年8月16日~3日間。秋田県羽後町西馬音内に寄せ太鼓の囃子が鳴り響き、出羽の山並みに日が沈むと、篝火の中で編み笠や彦三頭巾で顔を隠した踊り手が、あでやかな端縫いや藍染めの衣装に身を包み美しく幻想的な盆踊りが始まります。繰り広げるしなやかな手振りと足運びが織り成す魅惑の曲線美。祖霊たちと一体となり豊かな実りを願い、一心不乱に踊り続ける姿は幻想的です。
俳人・河東碧梧桐は滞在中(1907明治40年)偶然盆踊りに出会い「初めて絵になる盆踊りを見た」と記しています。地名の<ナイ>はアイヌ語の川を意味するとされ、古代には「にしまおんない」であったとの説がある。「おんない」は渓谷が開ける地形をさすとする説もある。

踊りには、「音頭」と「がんけ」の2種類があり、がんけは、月光の夜を飛ぶ雁の姿を踊りから連想した「雁形」、仏教伝来の「勧化」、現世の悲運を悼み、来世の幸運を願う「願生化生の踊り」がつまって「願化踊り」と呼ばれたと言われる。踊り手の「ひこさ頭巾(黒い覆面)」は、秋田県由利地方の「はなふくべ」や山形庄内地方の「はんこたんな」と関連や、歌舞伎の黒子からヒントを得た等の西馬音内盆踊りについては記録されたものが全くないため、全て言い伝えによるものです。
踊りの起源は正応年間(1288~93)に源親という修行僧が、蔵王権現(現在の西馬音内御嶽神社)を勧請し、ここの境内で豊年祈願として踊らせたものという説です。慶長6年(1601)西馬音内城主小野寺茂道一族が滅び、土着した遺臣たちが君主を偲び、旧盆の16~20日までの5日間、宝泉寺(西馬音内寺町)境内で行われた亡者踊りと合流し、その後、天明年間(1781~1789)に現在の本町通りに移り、現在まで継承されてきたものと伝えられます。

端縫いの衣装

小さな端布をハギ合わせる事からハギ衣装とも呼ばれ、百年を越す絹布を使用した衣装もあり、 絹布を大切にする先人の心が表れています。盆踊りの衣装に用いた西馬音内の踊り手の感性は素晴らしい。

郡上踊り 今も続く徹夜踊り

岐阜県郡上市八幡町(旧・郡上郡八幡町、通称「郡上八幡」)で開催される伝統的な盆踊りで、毎年7月中旬から9月上旬まで延べ32夜開催される。

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初日は開幕式を終えたあと、屋形(車輪が付いている)を会場に出迎える形で開幕し、最終日は屋形を見送りながら閉幕する。特に8月13〜16日は、「盂蘭盆会(徹夜踊り)」で20時~Am5まで踊る。

郡上おどり in 名古屋(円頓寺)
毎年9月、愛知県名古屋市西区那古野の円頓寺本町商店街にて開催される。主催者は円楽会(2010年から開催)年内最後の郡上おどりになる。
郡上おどり in 京都
毎年6月に京都府京都市中京区の京都市役所前広場にて開催される。
郡上おどり in 青山
毎年6月、東京都港区南青山の寺院「梅窓院」が郡上藩主・青山氏の菩提寺であったことから、郡上おどり保存会が来訪し生演奏により本場さながらの踊りが繰り広げられる。

阿波踊り 爆発的エネルギー

約400年の歴史を持つ徳島市阿波おどりは踊り子や観客数において国内最大規模の夏祭りです。精霊踊りや念仏踊りが原形であるといわれるが、起源は明らかでない。徳島藩が成立して以後、盛んに踊られるようになった(徳島市観光協会の説)。
天正14年(1586年)、徳島城が竣工した際、当時の阿波守・蜂須賀家政が城下に「城の完成祝いとして、好きに踊れ」という触れを出したことが発祥という説(蜂須賀入城起源説)。等がありますが、踊りのエネルギーは熱狂的です。その為に~①江戸時代、一揆につながるとの理由で阿波おどりの禁止令。②その令を犯し自宅で阿波おどりを行った家老がお家断絶になった。③戦時中も一時阿波おどりは禁止された。

阿波おどりという名称は徳島県内の各地で行われてきた盂蘭盆の踊りの通称であり、「奇抜極まる阿波の盆踊り」と説がある様に、昭和初期からそう呼ばれるようになりました。この名称は日本画家・林鼓浪が徳島商工会議所(当時は商業会議所)に提案したものとされています。

今は、東京の高円寺阿波踊り・埼玉の南越谷阿波踊りなど、日本各地と、海外でも開催され、正に~「踊る阿呆に見る阿呆~同じ阿呆なら踊らなやソンソン」

海外で絶賛の<下駄ップ>

民族舞踊聚団NIPPONは、源流を大切にしながら今を呼吸する日本をを踊ります。
阿波踊りゲタップ 郡上踊り 花笠踊り 銭太鼓等

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