2018年12月11日
  • 伝統と未来。北海道から沖縄まで全国の郷土舞踊のテンターテイメント。イベント・インバウンド・芸術鑑賞会・学校のダンス教育・文化交流公演など

日本の祭り 東京の三大祭り 本物の輝き

江戸の三大祭りとは

浅草生まれの私は祭りが大~好き。

ピヒャラ~ピヒャラ♪笛の音が聞こえるとなにも手につきません。

6月1日の衣替えを先取りして、5月初めの三社祭りに粋に浴衣を着こなす、

これが江戸っ子の気風です。

なかでも山王祭と神田祭は将軍家の庇護を受け盛大になっていった祭りで、

豪華な山車が江戸の町を練り歩き、江戸城内にも練り込み将軍の上覧を賜ったことから、

江戸っ子たちに「天下祭」といわれ親しまれました。

しかし、あまりにも祭りが大規模になり、毎年行うのは大変ということで、

天和元年(1681年)から山王祭と神田祭の本祭りは1年おきに交互に斎行されることになり、その慣習は現在も続いています。

江戸三大祭の残り一つを「深川八幡祭り」と「三社祭」とされますが、いずも庶民の祭りで定説はありません。

天下祭り 江戸の山王祭りと神田祭り

山王祭は「例大祭」を中心に夏越の祓(なごしのはらえ)や稚児祭なども含み、6月中旬に行われます。 「神輿深川、山車神田、だだっ広いが山王さま」といわれるように、 山王祭の氏子域は江戸一番の広さで知られていました。

 

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徳川時代、徳川将軍家の産土神(うぶすながみ)として信仰されてきた日枝神社(東京都千代田区永田町)の祭礼で、江戸城内に入御した御神輿を三代将軍家光公以来、歴代の将軍が上覧拝礼する「天下祭」 として盛大をきわめました。 天下祭りに相応しく歌川国輝 (うたがわくにてる)による山王御祭礼図にあるように 45基の山車が曳き出され、その行列は江戸の町を埋め尽くさんばかりだったそうです。 しかし、明治維新後様々な事情により山車の巡行から神輿の渡御へと移り変わり、 その後、関東大震災や戦災により多くの山車、人形が焼失しました。

しかし、今も尚東京都心を練り歩く祭礼行列は総勢500人、300mにもなる王朝絵巻は圧巻です。 現在は、皇居坂下門にて駐輦祭、宮司以下神社役員が神符の献上及び、参賀を行います。  

 

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「神田祭」は、京都の祇園祭、大阪のととともに日本三大祭りの一つにも数えられる、 日本を代表する祭りです。

江戸総鎮守(神田神社。東京都千代田区外神田)の祭礼です。

5月15日に近い日曜日を中心に5日間執り行われます。

もともとは9月15日に斎行されていた秋の祭りでしたが、嵐による被害が発生し、 明治になって比較的天候の安定している5月に行われるようになりました。

神輿の出る本祭りは山王祭と隔年で行われ、本祭が行われない年には神輿が出ない蔭祭が行われています。

その昔は大きく絢爛な山車を曳行していましたが、道路事情の変化で今は神輿がメインの祭りになっています。

神田明神は、大手町、丸の内、神田、日本橋、秋葉原、築地魚市場など都心の108の氏子町の総氏神です。

神幸祭では、大黒様を乗せた「一の宮鳳輦」、恵比須様を乗せた「二の宮神輿」、 将門様を乗せた「三の宮鳳輦」をはじめ、諫鼓山車(かんこだし)や獅子頭山車(ししがしらだし)などからなる行列が、氏子の108町会を巡ります。

夕方には日本橋より「附け祭」の行列も加わり1000人規模の大行列となります。

翌日は、氏子町が町神輿を競い合う祭りの華、「神輿渡御」です。

大小100基以上の町神輿が町に操り出し、70基以上が神田明神を目指し、境内に繰り込む姿は壮観です。

5月15日、祭りの締めくくりとして最も重要な神事、例大祭が執り行われ、平和と繁栄を祈願します。

神田祭りは歌舞伎舞踊の演目となり、江戸一番の美男美女が登場し

江戸の粋な風情を踊ります。

 

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深川八幡祭りと三社祭は庶民の祭り 神輿の掛け声に違い

江戸三大祭の残る一つを「深川八幡祭り」とするか「三社祭」とするかで意見が分わかれるところですが、山王祭、神田祭が将軍家ゆかりの「天下祭り」とすれば、 深川八幡祭り、三社祭は町民の祭りといえるでしょう。

江戸っ子気質で張り合って、神輿の担ぎ方や掛け声にも違いがあります。

深川神輿の掛け声は「ワッショイ、ワッショイ」で、語源には「和し背負へ」など諸説あります。 担ぎ方は神輿をあまりゆすらず、「もみ」と「さし」で神輿を一度膝まで下げてから勢いよく上に差し上げる特徴があります。

三社祭は大人神輿も子供神輿も威勢よく「セイヤ、セイヤ」の掛け声とともに各町内を渡御します。

 

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  深川八幡祭りは、富岡八幡宮(東京都江東区深川)の例大祭で、本祭りは3年に1度の8月15日を中心に行われています。

「深川の八幡様」と親しまれる江戸最大の八幡宮で、「神輿深川、山車神田」といわれたように、 神輿振りが見どころです。

神輿の数は120基を超え、中でも大神輿ばかり54基が勢揃いして練り歩く「連合渡御」は圧巻です。

沿道の観衆から担ぎ手に清めの水が掛けられ「水掛け祭り」としても知られています。

観衆も担ぎ手も一体となって盛り上がる熱い祭りです。

水かけ祭り 神輿 神輿 三社祭りは浅草神社(東京都台東区浅草)の祭で、5月第3週の金・土・日曜日の3日間行われます。

浅草神社は、浅草寺をつくった土師真中知命(はじのまつちのみこと)と聖観世音菩薩を川から引き揚げた漁師の檜前浜成(ひのくまのはまなり)・竹成(たけなり)兄弟をまつる神社で、明治維新の神仏分離令によって浅草寺と分かれ、明治元年に三社明神社と改められ、同6年に浅草神社となりました。  

三社祭の1日目は、浅草神社で五穀豊穣を祈願して無形文化財「びんざさら舞」を奉納します。

びんざさらとは、竹や木の薄い板を何枚も重ねて紐で綴った楽器で、アコーディオンのように開いたり閉じたりすると、サラーサラーという音がします。

2日目は氏子44町会から約100基の神輿が出て、浅草神社でお祓いを受けた後、大人神輿も子供神輿も威勢よく「セイヤ、セイヤ」の掛け声とともに各町内を渡御します。

最終日は宮出しで3基の大きな宮神輿が氏子たちに担がれて発進し、浅草の町は熱気に包まれます。

三社祭の神輿は「喧嘩神輿」といわれるほど激しく神輿を上下左右に動かしますが、これを「魂振り(たまふり)」と言います。

わざと荒々しく揺さぶることで、神輿に坐す神様の霊威を高め、豊作・豊漁や、疫病が蔓延しないことを祈願するそうです。

又、三社祭りは歌舞伎舞踊の演目となって踊り継がれています。

この他にも千貫神輿が練り歩く鳥越神社の「鳥越祭」(6月開催)、下谷神社の「下谷祭」(5月開催、本祭は2年に1度)、根津神社の「根津権現祭」(9月開催、神幸祭は2年に1度)など、江戸の町に古くから伝わり人々が大切にしてきた夏祭りがたくさんあります。

 

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